「十二時前後(1926年)」「十二時前後(1955年)」(横溝正史)

本作品で注目したいのは、名探偵の登場

「十二時前後(1926年)」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説選Ⅰ」)論創社

「横溝正史探偵小説選Ⅰ」論創社

「十二時前後(1955年)」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説選Ⅴ」)論創社

「横溝正史探偵小説選Ⅴ」論創社

須山医師を殺害した犯人として
逮捕された娘は、
とてもそのようなことを
しでかすようには見えなかった。
しかし十二時十五分頃に
医師と娘が言い争っていたという
目撃証言があり、
それが死亡時刻と一致したのだ。
星野探偵は…。
「十二時前後(1926年)」

横溝正史初期の作品であり、
しかも佐川春風
(森下雨村のペンネーム)名義での
代作で発表されたものです。
表題が示すとおり、
目撃した時間の証言、
それも時計の見方に関する、
いたって単純なトリックであり、
現在のミステリからすれば
及第点には達しないであろう
水準なのですが、
昭和元年のミステリ、それも
駆け出しの横溝の作品と考えれば、
十分に面白く読むことができます。

【主要登場人物】
星野五郎
…私立探偵。「女の片腕事件」を解決し、
 名が知られるようになる。
坂本省吾
…依頼人。義妹にかけられた殺人事件の
 疑いを晴らそうとする。
絹枝
…坂本の義妹。21歳。
 殺人容疑で逮捕された。
須山平造
…殺害された医師。
 医院には絹枝が勤めていた。
須山淑子
…平造の妹。21歳。
長塚検事
…事件の担当検事。
山本信次
…医師と絹枝の口論を目撃、
 時間を証言。

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本作品で注目したいのは、
名探偵の登場です。
星野五郎という、当時としては
かなり垢抜けた名前ですが、
若くてスマートな印象を受けます。
また、ホームズばりの観察を
依頼人に対して行っています。
坂本を「あまり富裕でもなさそうな、
一口に言って、安官吏臭たっぷりの
三十男である」と表現しています。
この時代、探偵と言えば
ホームズの印象が強すぎて、
のちの金田一耕助
由利麟太郎のような探偵像は
生み出せなかったのでしょう。
ホームズのまねごとを
しているのですが、
ほとんど見た目の印象を
言葉にしただけです。
ワトソンの靴のひっかき傷を見ただけで
「不器用で無神経なメイドが
家にいること」を見抜く
(「ボヘミアの醜聞」)ホームズの眼力には
遠く及んでいません。

もっとも本作品に前後して学生探偵・
速水健二(「恐ろしき四月馬鹿」
「化学教室の怪火」)を、
横溝は生み出しているのですが、
こちらも切れ者学生というだけで、
それ以上のものを持っていない上、
二作品で打ち止めになっています。

その後の横溝作品を見ると、
名探偵はしばらく登場しません。
約10年ののちに由利麟太郎が
「獣人」(1935年)でデビューし、
さらに10年をおいて金田一耕助が
「本陣殺人事件」(1946年)で
登場を果たしているのです。

本作品は横溝の処女作
「恐ろしき四月馬鹿」と並んで、
横溝の探偵像の試作と
見なすことができます。

さて、本作品のメイン・トリックを
そのまま流用し、
さらに表題まで同一の作品があります。
1955年発表のジュヴナイルです。

寄宿舎の学生・沢村は、
医務室と間違えて
校長室のドアを開けてしまう。
人の気配を感じたものの、
彼はすぐ立ち去る。
彼は室内の時計でその時刻を
十二時十分過ぎと判断する。
翌日、校長室から試験問題が
盗まれたことが判明し…。
「十二時前後(1955年)」

【主要登場人物】
沢村…寄宿舎の学生。優等生。
前田…寄宿舎の学生。沢村の友人。
鈴木…寄宿舎の学生。容疑がかかる。
黒川…寄宿舎の学生。アリバイあり。

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こちらは
「探偵」という表記は見つかりませんが、
主人公の沢村は
まさしく学生探偵であり、
注目に値します。
作品自体は、犯人当てクイズの形式で
「中学生の友」に掲載されたものであり、
子ども騙しに過ぎません。
しかし昭和30年といえば、まだまだ
娯楽も少ない時代だったはずです。
当時の子どもたちは
解答編が掲載される次号の発刊を、
わくわくしながら
首を長くして待ったことでしょう。

寄宿舎を舞台にして、
寄宿している学生が事件を起こし、
それを同じ寄宿生が
謎を解き明かすという設定は、
「化学教室の怪火」と同様です。
寄宿舎ミステリという新しいジャンルが
できたかも知れないのですが、
当時の評判はあまり芳しくは
なかったのでしょう。

こうして横溝の作品の多くを読める
ようになったのは幸せなことです。
2006年に見つかった、
横溝正史の五千枚に及ぶ生原稿には、
未発表のものが
まだ残っていると思われます。
そうしたものが
すべて読めるようになる日を
待ちたいと思います。

〔関連記事:横溝初期作品〕

〔論創社「横溝正史探偵小説選」〕

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